Moonlight scenery

     It plays to be kind.
 


途轍もない距離にわたってのなだらかな傾斜を見下ろして、
小高い丘の上にその王宮はあったから。
朝は朝陽が海を照らし、夕べは夕陽が海を染める、
そんな雄大な眺望をどこかの窓から必ず望めた。

一年を通して温暖な気候の国ゆえに、
秋もまたその過ごしやすさから、
ここを穴場と知っての観光客も多いし、
国交のある国からは国賓も引きも切らず訪のうて。
百年に一度の嵐とまで言われている、
世界を揺るがす経済不安も、
微妙に独立色が濃くて、自給率も高いことが幸いし、
国民生活への打撃はさほどでもなく。
相変わらずに のんびり・のほほんとした日々を、
揺るぎなく続けていることで、
今世紀でも“奇跡の”と冠されてしまっている、
それはそれは平和な王国。
なので…………



  “まーったくよっ!”

おおう。
颯爽としたご登場と同時、
その内心にて思い切りぶうたれておいでの彼こそは、
ここ、R王国の王宮づき警備部特別護衛官、
……というのは内部でのみの肩書で。
表向きには“いるけどいない”なんていう、
そんな不思議な待遇とされている、第二王子専属の護衛官殿、
ロロノア=ゾロというお人であり。
途轍もなく凄腕の砂漠の傭兵だったものを、
人材を見抜く天才、皇太子殿下が引き抜かれた身であったのが、
何故だか弟君からねだられての末、
仕える先が変わってしまったという微妙な経歴をお持ちなその上。
絶対極秘なとある事件を切っ掛けに、
表向きには行方をくらましたこととなっている彼だけど。
テラコッタの敷かれた遊歩道をそりゃあ勢い良く駆け抜けたその勇姿は、
“いるけどいない”どころじゃあない、
視野に収めてしまった誰もが、
おおおと見ほれたそのまま、
視線でついつい追ってしまうほどの存在感があったりし。
お仕着せのスーツが窮屈そうに見えるほど、
腕脚も長けりゃ、肩幅もあっての胸板も厚く。
強かなまでに鍛え抜かれた肢体は、屈強精悍にして野性味あふれ。
抑止以上には目立ってはならぬ、護衛官という特殊な職もこなせているのは、
着痩せして見えるのみならず、
立ち居振る舞いに無駄がなくての、気配を消すすべを心得ている彼だから。
いざ非常時に際しては、そもそも買われた戦闘能力が俊敏に起動し、
襲撃者はそれがどんな手合いであれ間違いなく叩きのめされているし、
その背へと守った存在が怪我を負った事態は…微妙な一件にまつわる一度だけ。
それほどまでの凄腕な彼が、
だってのに緊迫感漂わせての全力疾走しているのは何故かと言えば。
彼が専属でその身辺を警護している対象が、
姉妹国としての国交から王女様だか使節だかが訪れていたのを、
翡翠宮にてもてなしていた、レセプションの会場から。
肝心要なホスト役だのにもかかわらず、
王子様ご本人が姿を消してしまったからで。

 “退屈だからって、いちいち姿まで晦まさんでも…。”

体調がすぐれないとか何とか言って、
外務関係の大使に代わってもらうとか、
何だったら今なら在宮中の皇太子殿下に、
サプライズでご登場願っても良かった格のお客様だってのに。
何にも告げずにいなくなるなんてな、
いかにも子供っぽいこと、やらかしてくれた王子様。
他にもたんと来賓が来合わせていたので、
せいぜい息抜きに席を外したくらいにしか思われちゃあいなかろが、
それだってそうそう長くは通せぬ理由。
此処は何とか取り繕ってるから、とっとと探して来なさいと。
秘書官嬢から尻を叩かれての飛び出して来た彼であり、
外からの襲撃のみならず、
護衛対象の奇行までフォローせにゃならないとは、
何ともまあまあ、大変な職務であることか。
お茶会という形を取っていたので、昼下がりに始まった宴であり、
主人を探す護衛官殿の闊達な足は、
オリーブの木陰が秋の陽を切り抜いて揺れる、
内宮の奥へと一直線に突き進むものの、

 “そんな面倒なご婦人でも無かったのになぁ。”

主賓だった王女はちょっぴり年嵩の慈善家で、
妙に派手だったとか、強引な気性で振り回すとかいうよな人じゃあない。
ルフィ王子も懐いており、日頃からもお手紙をやり取りしていたくらい。
もしかして、だからという甘えからの脱走だろうか。
だとしたって、
そろそろ国のお顔なのだという自覚も持っていただかにゃあ、
本人のみならず周囲だって困るのだがと、
月並みな言いようを胸の中にて転がして。

 “第一、この状況で何者かが襲撃かけて来たらどうすんだ。”

立場ありませんな、護衛官。
(こらこら)
そうこうするうちにも、
白亜の円柱にて天井を支える可愛らしい四阿
(あずまや)が据えられた、
最も奥向きの辺りまで辿り着いており。

 “どこだ、おい。”

歩調を緩め、周りを見渡せば。
そろそろ凪の時間が近づくその前にということだろか、
潮風が ざんと吹きつけて。
こうまで離れると、見えてはいても聞こえるはずの無い潮騒の音、
真似るような木葉の鳴る音が、ざわざわざざんと周囲にどよもす。
そして、

 「……くぉら。頭の先が見えとるぞ。」
 「にゃあっ☆」

特にどこと言って睨むでもないまま、それでも自信たっぷりに言い放てば、
丁度斜め後方、四時半の方向から可愛らしい声が上がり、
茂みががささと揺れたので、

 「そこか。」
 「狡りぃっ、さてはカマかけたなっ!」

実は気づいてなんかなかったくせして、判ってんだぞと声かけたなと、
いきり立っての立ち上がり、姿を見せた王子様へ、

 「何とでも言いな。こちとら隠れんぼやってるワケじゃねぇんだよ。」

ごもっとも。
(苦笑)
凛々しい背中が振り向いて、声の主のほうをと見返れば、

 「…?」

見つけ方にご不満たらたらなような口ぶりだったくせに、
その幼いお顔は、妙にご機嫌そうにほころんでおり。
自分から細かい枝をからませた生け垣をわしわしと踏み越えて出て来ると、

 「なあなあ、ちゃんと会場へは帰るから。
  その前にちょっとだけ付き合ってくんないか?」
 「? ちょっとくらいなら構わんが?」

てっきり、此処からまたぞろ、
往生際の悪い彼を追っての鬼ごっこになるかと思っていたのに。
今日はまた打って変わっての素直な物言いをしたその上、
しかも…おもてなし用の衣装が汚れたり引っかけたりをしてないところを見ると、
是が非でもとムキになっての隠れていようという、
そんな逃亡ではなかったと物語ってはいないだろうか。

 「???」

これは一体どうした訳だと、少々怪訝そうに小首を傾げた護衛官殿へ、
そのすぐ前まで進み出た王子様、
にひゃっとご機嫌そうに笑って見せてから、

 「あのな、あのな。俺、口笛が吹けるようになったんだ。」
 「……おや。」

可愛がっている大きなモップ犬のメリーは確か、犬笛で躾けがなされているし、
それでなくたってあんまり行儀のいいことじゃあないからと、
やってみる機会さえなかったはずが、

 『わあ、ゾロ、それってどうやるんだ?』

休憩中の自分を探しにと、庭なんぞでうろうろしているのを見かけては、
名を呼ぶのも大仰かと思ってのこと、
口笛で短い旋律吹いて見せ、此処にいるぞとさりげなく示したところ。
彼の周囲ではそんなことをする人物自体がいないのか、
妙に珍しいがられてのその上、
あれを吹けだの、これがいいだのとせがまれていたものだったが。

 「吹けるたって。」

合図のぴーくらいだったら、負けず嫌いな彼だったことから、
教えてやりもした覚えがあって。
但し、やっぱり行儀が悪いとナミから叱られてはなかったっけ?

 「吹けるようになったんだって。だからさ、」


  ―― あのな? 今日はゾロの誕生日だし。


そうと言うと、手近な四阿のベンチへ、ゾロの手を引いての誘導し、
そこへ座れとまずは押し込み。
それから んんんんっと咳払いをして、

   ぴぃ〜、ぴ、ぴぴぴぴーーーぃ、と。

小気味のいい口笛がなめらかに響いて、
まずはのそれだけでも“おおっ”と緑頭の護衛官殿が眸を見張る。
だって教えた当初は、せいぜい同じ音でのピーとしか、
吹くこと かなわぬ君だったのに。
今吹いて見せたのは、調律を思わせるような音階の羅列。
低い音から流れるように高みへと駆け登ってゆき、
されど きぃきぃと甲高くはない軽やかな響きが何とも心地いい。
小鳥のさえずりみたいに愛らしい音色は、
p音を掠らせぬなめらかさで、
まずは、クラシックのメジャーなところのサビを上手に連ねて奏でて見せて。
それから続いて、最近流行のポップな曲を披露してのそれから、

 「……お。」

あのね、ゾロが時々吹いてた異国の歌。
どうやって全コーラスを知ったものか、
いつもは途中までのそれ、
きっちりとフルコーラスで吹いて見せたから驚いたのなんの。
軽やかな曲調の狭間に、ちょっとだけ切ない響きが挟まるところも、
きちんと見事に吹いて見せ、
最後は余韻を残しての、ゆったりと吹き終えると、

 「凄いな。随分と練習したんだろうに。」
 「えへへぇ…。////////」

しかも、常に傍らについていたゾロ当人が、
全然の全く気がつかなんだのだからして、
隙を拾ってとか、勉強にあてられた時間から算段してとか、
それなりの工夫をしての練習に割り当ててたことになり。
隠しごとが最もしにくい相手へ隠し通せていたあたり、
もしかしたらば…行儀が悪いと叱ったナミやサンジも、
実はの 多少は協力したのやも知れず。

 「あんなあんな、この歌、ゾロの生まれた所の歌なんだってな。」
 「まぁな。正確には、おふくろの実家があったところの歌だ。」

物心付いたころにはもう、旅から旅も同然な、傭兵部隊の中にいた身だ。
どこで生まれたも育ったもないのだけれど、
強いて言うならこの歌が、彼の故郷を示すそれであり。

 「あんま歌なんてのは知らねぇんでな。」
 「それでも。好きな歌じゃなきゃ自然に出て来やしないって。」

演奏を気取ってのこと、ちょっとほど間合いを残してたのを、
ぱたたと駆け寄って詰めてしまうと、
石作りのベンチに腰掛けていたゾロのお膝へよいしょとまたがり、

 「俺からのプレゼントは、今の口笛と、これ。」

深色の翡翠の粒が象眼されたネクタイピンを、
今結んでるところへと刺して差し上げ、
それから…あのね?

 「口笛のほうは、今月一杯はいつでも吹いてやっからな?」
 「ほほぉ。」

ホントだぞ? だからいつでも言えな?と。
これはむりからでもねだらなきゃ、
しまいにゃヘソを曲げられそうかもなという、苦笑を誘うほどの念の押しようであり。
相変わらずに可愛らしい王子様からの、心のこもった贈り物。
堪能させていただいて、お膝まで暖めていただいて、


  “……な〜んか忘れてるような気がすんだがな。”


そうですね。
まあ、きっと こうなることは、
ナミさんもサンジさんも織り込み済みなんだと思うので。
そんなに焦って戻らなくてもいいと思いますよ? レセプション。
(苦笑)




  何はともあれ、
HAPPY BIRTHDAY! TO ZORO!!





  〜Fine〜  08.11.13.


  *捕物帖は尺がちょっと長くなりそうなので、こっちを先に書きました。
   こちらも年齢不詳の王子様となったシリーズでして、
   でも確か、20歳は越えさせたんですけれどもね。
   やることなすことが いちいち可愛いったらありゃしません。
(苦笑)
  

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